Works

東百合丘保育園

大きな高低差を持つ角地のすべての外部レベルに接する「でんでん虫」と呼ばれている螺旋状の建物です。屋根は園庭から歩いて登れます

TEXT『第3の自然』

第3の自然

この保育園の建つ敷地は、2段に造成された坂道に接する角地である。敷地の背後は擁壁 で止められた丘陵地の畑となっている。必要とされる各部の面積、勾配のある前面道路からのアクセシビリティー、園庭の有効利用、などの条件や規模から推して、建築物は敷地と一体の施設として考えられるべきだと思われた。建物各部に良く日が当たり明るいこと、敷地各部の高低差に対しての接地性を保 つことも設計の具体的な目標だった。
そのための方法は、建築的な形式にこだわらず、建築物を、その場所と自然条件を極力活かした、単純でプラグマティックな形態の施設と捉えることのように思われた。
まず、太陽の軌跡を追うような敷地外周に沿った半円周状の平面配置とすること。これは日照を有効に受けることのみならず、建物各部の風通しにも役立つはずである。
次に敷地の高低差に配慮して、階数という考え方を止め、より細かいレベル差を徐々に 連続させた一体のものとすること。敷地外周に建物を配したことは、その為に必要な距離を、限られた敷地内に作り出すのにも有効だった。
そして、その結果出来る螺旋状の構造の最も高い部分に、園長と御家族の住居を据えること。この3点である。
基本的な考え方を園長先生に話した。その場で説明のために描いたスケッチをご覧にな った園長先生は既知のものを見たように、「あら、でんでんむし」と即座に仰った。
20年間その場所で自らの身体と創造力を使って保育園を営んで来られた園長先生は、 地形とその場所で行われる行為の想像から、その方法を、でんでん むしのイメージとともにごく自然に受け取られたのである。
レベル差をもつ敷地内に新たに設定された斜面や階層差を縦横無尽に走り廻る子供達や、立体的な空間内で声を掛け合って働く保母たちへの連想から、僕たちはこの建築を第3の地形と考えた。第1を自然の地形とする と、道路や宅地に造成された地形が第2の地形となる、それらに対して建築物が関わり 合うことによって現れる、より人の行為に近い人工的な足場を第3の地形と考えたので ある。人にとって第1の地形が自分を中心にした点と線による一次元的なもの とすると、第2の地形は地図のように平面的、社会的に拡張されたもの、第3の地形は行為によって見い出される立体的なものとも言うことが出来る。殊に地形と呼ぶのは足場としての連続性を想定している からだ。
平面は敷地に接する巻貝状の曲線に添って計画された。内周部は階段と動線 に、外周部は保育室等に充てられる。外部の足場、つまり建築物の上端は、園庭へのアプローチから最上部の屋根へ まで連続し、日光浴のテラスや園庭でのイベントの際の観客席となる。 連続した床と空間の計画に際しては、動線に沿った展開断面のスタディを行った、この ような平面の場合、通常の断面図では、アニメーションでも使わない限り、断面(空間) の連続性を検証することが難しいからである。
その結果この建物は、一体の螺旋状の形態のなかで、全面道路は駐車場に、側面道路はメインエントランスに、南面の庭は保育室に、上下の保育室の中間に位置するグラウンドは住宅の下階に、擁壁上の土地は住宅の上階にそれぞれ接することとなった。
土地と太陽に対するスタンスをしっかりとさせることが建築の大半の目的ではあるものの建設費の大半も土工事と躯体費に消えた。雨風をしのぐサッシと本当に必要な設備のほかは最小限の仕上げとしつらいしか建築工事は残せなかったのである。その意味でもこの建物は第3の地形、または自然だった。ところが竣工後少し時を経た今、その「場所」の上には以前にも増して活気が満ち溢れ、贅沢ではないが豊かな暮らしと仕事が営まれている。建築は人の力によって生き続けられるのだと改めて思った。そして僕は、そこで「でんでんむし」を活かし続けている多くの人々に、敬意と感謝の意を禁じ得ないのである。