Architect

こどもたちに残すもの

建築家(JIA会報誌)2003年3月号

子供の宿命は親を選べないことである。当然住む家も選べなければ自分の生きる場所や時代、社会も選べない。
大人になると社会の許容範囲でいくつかの選択が出来るようになるが、子供の頃の経験に選択の余地はない。
人は自分を選べない、ということなのだ。
東京という変わり続ける都市に住んでいると、変わり続けることに慣れてしまう。いつしか状況を無批判に受け入れざるを得ない子供のようになってしまう。しかし、この街を豊かに生きられる都市として次代に残す義務を大人たちは持っているのだ。
旧正田邸が国による解体の憂き目にあっているさなか、今度は東京都が大塚同潤会アパートも保存する意志がないと表明した。
長く昭和の記憶にとどまり続けてきた建築物が、また消えてゆくことになりそうである。
子供の頃、「異界の趣」を見つけて遊んだ代官山の同潤会も今はなく、誰もが見慣れた高層建築とショッピングモールがそれに代わった。若い男の子や女の子たちが集まってくるが、彼らや彼女たちは、かつてそこにあった時間と記憶の集積を知ることはない。たぶん知る必要もないのだろう。
人間と同様、都市の施設や建築の世代交代は否めない。
だが連綿と続く世代の連鎖の中で、言葉や文化が受け継がれてゆくように、都市と都市に生きる人々に共有する記憶があると思う。あるものはは場所や建物などの物に刻まれ、あるものは人の心に刻まれている。
東京で敗戦を経験し、今も心に焼け野原を抱えて生きる人には、
物に残された記憶の伝承はノスタルジーに見えるかもしれない。
確かに何でも古い物を残せば良い訳はない。使い古しの耐久消費財ばかり残された次代の人はは、ありがた迷惑も甚だしい。
けれども、身体になじんだ服の着心地や、思い出の品への愛着など、時間をへて身体的に心地よいものは誰にだってある。
形見の品や思い出の場所など、人には特別な物もある。
物が空間と作る広がりの中に、物と時間が作ってきた価値や心地よさが特別な場所を作るのだ。
都市の中にも特別な場所や物がある。均一な空間にも特別な場所がいくつかあればそれを測点として人は自分の居場所を探すことが出来る。古い物の保存は、物だけではなくそれを手がかりにして人や社会の記憶を都市に留めることが出来る。
しかし建築物に限らず、多くの人が記憶として共有出来る大切な都市の財産があったとしても、現行の権利や制度にそぐわぬものは手の中の砂のように東京から消えてゆく。戦前の東京や江戸の歴史的な記憶のみならず、文化財になるまでに至らない戦後の近代建築などについても考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
良い物だから残す、歴史的に認定された価値ある物だから残すのではなくて、何故大切だから残すことが出来ないのだろうか。
感傷と制度という白と黒のピースでは都市は形作れない。密度差を持つ、多様な色と大きさののコモンセンスが必要なのだ。
東京が焼け跡に集められたガラクタの集積だったとしても、そこで記憶と批評を持つ人々が取捨選択を行う限り都市は生き続ける。それなしに都市を単に物の集積としてはならないと思う。
都市の継承には批評とコモンセンスが欠かせない。
数値化される環境基準や、エコロジーだけではなく、共有出来る知的財産や、引き継いで行ける記憶のモニュメントが、いかに人の生活を豊かにするものかを考えて行かなければならない。
「末代物」という言葉がある。末永く価値あり続ける良い物を
示している。死すべき人が世代を越えて持ち続けられる物は「佳い物」なのだ。都市には一代の人生と共に消費される物もありまた世代を超えて引き継がれてゆくものもある。都市のストックは恐らくいつも大量のデッドストックの中にある。その仕分けを考えることが批評なのだ。そして、批評の言葉を具体化するものが様々なレベルでの政治であって欲しい。
次の世代に都市をゆだねる大人として、物だけでなく、批評とコモンセンスを残したい。それなしには東京はいつまでもデッドストックに埋もれた焼け跡なのだ。